もう一つのゲームセット  【タッチ 背番号のないエース】

V.君がいなくなった夏

1.運命の前日

 原作では、地区大会の決勝戦が近くなると、まるで自らの死期を悟っているかのごとく、南に猛アタックをかけ始めた和也。ところが映画版では、原作ほど「何としても南を!」という気迫が感じられません。
 というのも、映画版では南がかなり幼い頃に「南、カッちゃんが好き」という発言をしており、これを兄弟は未だに引きずっています。しかし和也は、達也より先に南の本当の気持ち、「達也への想い」に気付いてしまいます。そのためか、和也には終始諦めムードが漂っています。

 南の父親に婚約を申し出る、と発言して彼女にプレッシャーをかけるシーンもなく、割合淡々と決戦前夜は過ぎ去って行きました。

2.消えた2人

 迎えた決勝当日。球場に向かった和也にお守りを渡すため、達也が後を追います。ここで原作では、交通事故に遭った和也に気付かず、追い越して一旦は球場に現れますが、映画では達也もまたここでスクリーンから姿を消します
 結局達也は直接「中村総合病院」に向かい、そこで和也の死を知り、球場で応援している両親と南の父親を電話で病院に呼び寄せました。しかし、達也に関するそれら一連の行動についての描写は一切ありません

 和也が球場に現れず、達也もまだ来ない。さらに自分の親も上杉家の両親も姿を消し、一体何が起こっているのかとスタンド席で不安になる南。果たして達也が再び姿を現すシーンとは?

3.背番号のないエース

 球場での試合は進み8回表。スコアは3-3の同点、須見工の攻撃2死満塁のピンチを迎えていました。そこへ死んだはずの和也が背番号1を背負って球場に現れます。
 喜ぶ明青ナインでしたが、言うまでもなくこれは和也のユニフォームを着た達也。マウンドに登り、不慣れな投球を続ける内に、やがてメンバーも和也ではなく達也であることに気付きます。そしてもたらされる和也急死の知らせ。

 愛する女性の気持ちが自分には向いていないと知りながらも、彼女の夢を叶えるため、ただひたすら甲子園を目指した弟。その夢まであと一歩という所で、そして16歳という若さで死ななければならなかった弟。そんな弟の無念を一人背負い、達也は上杉和也としてマウンドで投げ続けます。

 衝撃の事実に愕然とし、一時は戦意喪失した明青ナインですが、達也の姿を見て奮起。没収試合覚悟で、最終回まで戦う決意をします。

4.試合終了、そして・・・

 最後の打者にして後の宿敵となる4番・新田を、あくまで「和也」として打ち取った達也。試合は見事明青の勝利に終わりました。
 物語はここで終わっており、その後の明青については描かれていません。しかし黙っていた所で、和也の死はすぐに報道されるわけで、遅かれ早かれ没収試合になるのは間違いなく、恐らく試合直後に出場を辞退したことでしょう。

 こうして3人の、高校1年目の夏は終わりました。この後、達也が亡き弟の遺志を継ぎ、野球部に入部して甲子園を目指すことになりますが、結局明青が甲子園の土を踏むのは、これから2年後のこととなります。